研究概要 |
アカエゾマツは北海道の主要な針葉樹の一つで,最もよく造林されている樹種の一つである。本種は湿地,高山,火山礫など他の樹木が生育できない劣悪な環境においても生育しており,各環境条件に適応した形態,生理特性を示すことが予想される。本研究では,北海道中央部という一つの地域内における高山,湿地,火山礫という3つの異なるタイプの各2集団を対象として,各タイプの気象,土壌などの環境条件を定量的に調べるとともに,自生するアカエゾマツの形態,生理特性,ならびに遺伝的組成を調査した。 環境条件を測定した結果,高山帯では気温が低く,紫外線量が高いことが判明した。一方,湿地では土壌含水率が50%以上と他よりも高かったが,土壌のpHは他とは有意な違いが見られなかった。形態特性について,個体レベルでみると,高山2集団が顕著に樹高成長が低く,湿地帯では樹高が低く,樹冠幅が狭かった。シュートレベルでみると,葉密度は高山2集団で特に高く,湿地1集団(Mael)でも同様に高かった。個葉レベルでみると,高山2集団の針葉は他と比べてずんぐりした分厚い形態であること示された。生理特性についてみると,葉の窒素濃度は湿地1集団(Mae_1)で特に低かった。クロロフィルa/b比は高山2集団と湿地1集団(Mae_1)で低い傾向が見られた。すなわち,紫外線量が多く,気温が低いなど,厳しい気象条件である高山帯では,頑丈な厚い葉を密度高く作っていることが考えられた。また,湿地1集団(Mae_1)では土壌の嫌気性が強いなど,ストレスが高いことが示唆された。また,酵素多型について調べた結果,複数の遺伝子座で高山2集団とその他,あるいは湿地1集団(MaeA_1)で遺伝子型頻度の違いが示唆された。これらの遺伝子座では他の植物でも環境と遺伝子型の相互作用が検出されており,適応的な振る舞いをする可能性がある。 以上のように,本研究では,高山2集団と湿地1集団でそれぞれ異なる選択圧があり,その選択圧に応答して形態や生理,遺伝子型に関する何らかの応答反応が起こっていることが示唆された。今後は,対象とする集団数をさらに増やし,環境と遺伝子の相互作用について個体ベースの解析を行う予定である。また,異なる反応を示した湿地2集団について水位計等を用いて,環境条件にどのような違いがあるのかを検討する。
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