北海道中央部において低標高(300m)から山頂付近(1400m)に天然分布するアカエゾマツ集団の針葉形態と生理特性を調べた結果、針葉形態では葉密度や個葉の厚み、生理特性では窒素に対するクロロフィル量に標高に応じたクラインが認められた。これらのクラインは、同一産地標高由来の種苗を4標高域(530、730、930、1100m)に植栽した移植集団においても同様に認められたことから、表現型可塑性によるものであると考えられた。我々の研究グループは同じ山腹斜面に設定されたトドマツの標高間相互移植試験において、トドマツでは自生標高への強い遺伝適応がみられることを明らかにしているが、本研究により、アカエゾマツでは標高に対する遺伝適応の程度はトドマツよりも弱く、逆に表現型可塑性を発揮させていたことが明らかになった。次に、天然集団の遺伝的分化度をマイクロサテライトマーカーとアロザイムマーカーで評価するとともに、環境特異的な変異を示す遺伝子座の検出を試みた。遺伝的分化度では、マイクロサテライトマーカーよりもアロザイムマーカーの方が高く推定された。マイクロサテライト遺伝子座では環境に特異的な変異は検出されなかったが、アロザイム遺伝子座の一部で山頂付近の高標高集団にしか出現しない変異が観察された。既存研究では、山頂付近のアカエゾマツ集団に由来する種苗の成長が中標高産の種苗に比べて遅いことが指摘されていることから、山頂付近の矮化した集団は遺伝的に異なるエコタイプである可能性が示唆された。
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