本研究は有明海において資源が減少傾向を示す魚類の代表種としてシログチをとりあげ、その資源変動に重要と考えられる仔魚輸送の実態と機構、輸送過程における減耗要因の解明を目的としている。21年度は現地調査を継続するとともに、数値モデルによる仔魚輸送過程の検討に重点を置いた。成果の大要は以下の通りである。(1)飼育実験の結果、これまでシログチ仔魚の種査定の基準とされてきた外部形態には個体変異が大きく、前屈曲期までの仔魚の外部形態は近縁種であるコイチと区別ができないことが分かった。そこで、(2)ミトコンドリアDNAをもとにPCR法によって上記の2種を判別するためのプライマーを開発し、採集されたすべてのニベ科仔魚にそれを適用した結果、コイチは産卵場である奥部や諫早湾付近に分布するのに対して、シログチは中央部の産卵場から奥部の成育場への輸送経路と考えられる奥部西側海域に主に分布し、両種の分布様式が明確に異なることが分かった。(3)親魚の成熟状況からシログチの産卵盛期は7月と推定されたが、仔魚の採集数はむしろ8月から9月に多かった。シログチ仔魚は主に5m以深の中底層に分布し、水平的には奥部に向かって急に水深が浅くなる場所に形成される密度フロントの南側で相対的に低水温・高塩分の底層水塊に集積する傾向を示すことが分かった。(4)輸送モデルにもとづく検討結果から、シログチ仔魚の奥部成育場への輸送には、流れによる受動的な輸送に加えて、選択的潮汐輸送(Selective Tidal Stream Transport)など仔魚の能動性の発現が重要な役割を果たしていることが示唆された。(5)胃内容物の分析結果によれば、シログチ仔魚は大型のカイアシ類幼生を選択的に摂餌しており、発育初期の仔魚ほど空胃率が高いことから、摂餌開始時の餌料条件が夏季に奥部や諫早湾の底層に形成される貧酸素水塊とともに、仔魚の減耗に影響を及ぼしている可能性があることが示唆された。
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