研究概要 |
本年度に実施した研究は大きく分けて2つあり,1つは中国における農村から都市への労働移動が,農村の共有資源管理および農業の生産構造に及ぼす影響を明かにすることである。もう1つは中国の「農業産業化政策」が農村の資源保全に及ぼす影響を検討することである。後者はデータの収集にとどまっており,以下では前者の研究成果について述べる。 中国では1951年に制定された戸籍管理制度により,農民の都市への移動と職業選択の自由が制限されてきた。戸籍制度の当初の目的は,広域的な人口の移動を監視することにあったが,人民公社が設立された1950年代後半以降,都市住民の経済的利益を保護するために,農民を農村・農業に留め置く制度へと変容した。多くの論者が指摘するように,戸籍制度は中国の労働市場を分断する大きな原因となっている。したがって,かりに戸籍制度が撤廃されると,多くの農民が都市へと移動し,農村の共有資源管理にも大きな影響が及ぶものと予想される。 分析の方法としては,まず中国を7地域,3部門(農業,農村工業,都市)に分割し,労働移動に関する均衡条件を定式化する。次いで戸籍制度撤廃の影響をシミュレーションによって予測した。分析の結果は以下のように要約される。第1に,戸籍制度の撤廃は沿岸地域,とくに南部沿岸地域への労働移動を促すが,その規模は1995〜2000年の間に実際に起きた移動量を上回る。その結果,農業を基幹産業とする内陸地域の経済は停滞し,農村共有資源の機能が低下するものと予想される。第2に,戸籍制度を廃止しても,都市と農村問の間には2倍の所得格差が残る。多くの先行研究が示唆するように,格差根絶の最も有効な方法は農村への公共投資であり,そうした農村のインフラ整備が農村における共有資源の保全・管理にとっても不可欠である。
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