研究概要 |
人口増加や気候変動による食糧危機が叫ばれるなか、良質な動物性タンパク質の安定供給は人類の生存にとって環境問題と並ぶ最重要課題の一つである。このため家畜・家禽1個体当たりの骨格筋量を増加させ、食肉の生産性(生産効率や生産量)を飛躍的に向上させる安全かつ安価な技術開発が待たれている。本研究では、筋肥大誘導の最大のターゲットである分子機構「衛星細胞(筋幹細胞)の活性化・休止化の機構」を解明し、これを制御する食品機能性物質を見出すことを最終目標としている。 最終年度では、「筋幹細胞(衛星細胞)の休止化の分子機構」を解明することを目的とし、前年度までの研究成果を基に、肝細胞増殖因子HGF依存的な休止化因子マイオスタチンの発現を担う新規受容体としてneuropilin-1(Npn-1)の関与を精査した。Npn-1に対する中和抗体を添加するとマイオスタチンの発現が完全に阻害された。また、HGFで処理した衛星細胞の溶解物に対して、Npn-1特異的モノクローナル抗体で免疫沈降を行なうと、HGFが検出されたことから、Npn-1は直接的あるいは間接的にHGFと結合することが示唆された。Npn-1の細胞外ドメインにはヘパラン硫酸プロテオグリカンの糖鎖と類似した陽電荷クラスター構造が存在することから、これにHGFが結合するとマイオスタチン発現シグナルが発生するものと推測された。以上の結果から、筋肥大・再生の過程で衛星細胞周辺のHGFが高濃度に達すると、HGFがNpn-1からなる低親和性受容体に結合するとマイオスタチンが発現し、細胞が休止化し増殖を停止するという分子機構の存在が示唆された。従って、受容体Npn-1のアンタゴニストによりマイオスタチンの発現を抑制できる可能性があり、これにより衛星細胞の休止化抑制、即ち、細胞の増殖活性を高い状態で保持することができると予想され、筋肥大を劇的に誘導する新規技術の創出に資すると期待された。 後述の雑誌論文(Yamada et al. 2009)がEditorial Focusに選定され、研究成果が下記の論文に紹介された。また、「3月に最も読まれた論文TOP 50」にランキングされた(第39位)。 Chazaud, B., Dual effect of HGF on satellite/myogenic cell quiescence. Focus on "High Concentrations of HGF Inhibit Skeletal Muscle Satellite Cell Proliferation In Vitro by Inducing Expression of Myostatin : A Possible Mechanism for Re-Establishing Satellite Cell Quiescence In Vivo". Am. J. Physiol. Cell Physiol. 298, C448-C449 (2010). 後述の雑誌論文(Sato et al. 2009)が2009年度BBB優秀論文賞を受賞した。
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