自然生態系では害虫の被害を受けた植物由来のSOSシグナルに天敵が誘引されることで植物上での害虫密度が抑制されているが、農業生態系ではこのような生態免疫システムは十分機能していない。本研究は農薬が生態免疫システムに及ぼす阻害効果に注目する。本年度は、前年度の研究進展が顕著であったアブラナ科植物・コナガ・コナガコマユバチ系を主な対象とし、SOSシグナルの誘引作用に及ぼす各種農薬の忌避作用の程度を比較検討した。 薬剤処理されたコナガ被害コマツナ株へのハチの定位行動や株上での探索行動に及ぼす影響を比較したところ、阻害効果が高い農薬(エトフェンプロックス乳剤、メソミル水和剤等)や低い農薬(エマメクチン安息香酸剤、クロチアニジン水和剤)が見られた。前者では害虫探索後の天敵に及ぼす致死作用は低く、後者では逆に致死作用は高くなった。天敵が長時間農薬に触れた場合には農薬の種類に関わらず全ての個体が死亡したことから、天敵の探索行動をあまり阻害しない農薬は、天敵の死亡率をかえって高める危険性があることが明らかとなった。これは従来の知見とは異なる新たな発見であり、農薬が天敵に及ぼす影響を評価する上で貴重な成果である。 マメ科植物・ナミハダニ・捕食性天敵類系については、上記の実験系での研究をより優先したため、前年度に実施した各種試験の追加データの収集や論文作成等の取りまとめを行うことにとどめた。その中で、ナミハダニのコロニーを構成する立体網による対捕食者防衛の機能的意義を明らかにし、立体網から受ける影響の程度や立体網に対する対抗能力が天敵の種類ごとに異なることを実証した。農薬の影響に関する前年度・本年度の研究成果については、ハダニの天敵飼育技術の開発に関連した特許出願後に学会発表や論文等で公表する予定である。
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