イノラートを反応剤とする回転選択的高度オレフィン化反応を試みた。α位にスルフェニル基もしくはセレノ基を有するケトンに対してイノラートを反応させると、高Z選択的に四置換アルケンが得られることを見出した。C-S結合及びC-Se結合の反結合性軌道のLUMOのエネルギーレベルが低いために、電子受容性基として機能しinward回転が優先したことが理論計算により明らかとなった。ヘテロ原子の特性を駆使したtorquoselectivityの制御である。 β-アルコキシジビニルケトンを基質とする高速触媒的ナザロフ反応を試みた。イノラートによるエステルの高度オレフィン化で生成したβ-アルコキシアクリル酸をβ-アルコキシジビニルケトンに導き、様々な酸触媒を作用させたところ、極微量の超強酸(トリフルオロメタンスルフォン酸など)により反応は速やかに進行し、α-アルコキシシクロペンテノンが高収率で得られた。アルコキシ基の転位を伴う触媒的ナザロフ反応の新しい展開である。 イノラートの生成法の再検討を行った。臭素化されていない単純なエステルに対し強塩基を作用させてダブルE2脱離を行う方針で種々検討したところ、最終的に60%前後の効率でイノラートを生成することに成功した。 我々のイノラートの生成法の実用面での問題は-78度に反応容器を冷却する点にある。今回、マイクロリアクターを用いたイノラートの生成の改良を行った。マイクロリアクターの装置の開発では、リアクターの内径が1000μm未満では固体が析出しチューブを詰まらせてしまったが、1000μmのステンレスチューブを用いたところ流速が確保できることが分かった。そこで内径1000μmのステンレスチューブとマイクロミキサー、シリンジポンプを利用した装置を作成し、イノラートの生成を検討したところ、冷却することなくイノラートを効率よく生成できることが分かった。さらに、反応時間を確保するためにチューブ内で流速を一旦停止し10分静置後再度フローさせる、ストップドフロー法を適用することで、バッチ系に匹敵する収量でイノラートの生成を達成した。微小反応空間により熱交換と反応剤分子同士の効率的衝突により初期発熱による副反応が抑えられたことに起因しよう。本成果によりイノラートの工業的大量生成の道筋もつけられたと考えられる。
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