炎症性腸疾患(IBD)は腸の粘膜に慢性の炎症や潰瘍を引き起こす原因不明の疾患である。最近の研究から、炎症性サイトカインや細胞接着因子(CAM)による炎症性細胞の活性化と浸潤、及びそこから放出される活性酸素種(ROS)による粘膜細胞傷害が重要な役割を果たしていることが分かってきた。一方、熱ショック蛋白質(HSP)は様々なストレスにより誘導され、細胞をストレスに対し耐性化する一群の蛋白質である。IBD患者の腸組織でHSPが誘導されていることなどから、HSPがIBDに関与していると考えられているが、その役割は不明であった。そこで我々は、HSF1(HSPの誘導に必須な転写因子)欠損マウス(HSF1-KO)及びHSP70過剰発現マウス(HSP70-Tg)を用いて、DSS腸炎(IBDのマウスモデル)を解析した。野生型マウスに比べ、HSF1-KOマウスでは腸炎が悪化し、逆にHSP70-Tgマウスでは抑制されていた。またDSS投与により、HSF1依存的にHSP70が腸組織で誘導された。次に我々は、野生型マウスに比べ、HSF1-KOマウスではDSS投与による細胞死が亢進し、HSP70-Tgマウスでは抑制されていること、及びin vitroにおいて、HSP70がROSによる細胞死を抑制することを見出した。また、HSF1-KOマウスではDSS投与による炎症性サイトカインやCAMの誘導が亢進し、HSP70-Tgマウスでは抑制されていること、及びin vitroにおいて、HSF1やHSP70が炎症性刺激による炎症性サイトカインCAMの誘導を抑制することを見出した。以上の結果は、HSF1及びHSP70が腸炎に対して保護的に働いている事を直接的に示す初めての遺伝学的証拠である。また、その分子機構として、ROSによる細胞死抑制、及び炎症性サイトカインやCAMの産生抑制の関与が示された。
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