研究概要 |
哺乳類の脳ではグルタミン酸作動性神経終末のシナプス小胞内に亜鉛が存在する。記憶を司る海馬の苔状線維ではすべての終末に亜鉛が存在する。この亜鉛は神経活動に伴いグルタミン酸と共に放出され、シナプス伝達やグリア細胞の活動を調節する。記憶や学習の分子基盤はシナプスの可塑的な変化と考えられており、シナプス伝達効率が長期にわたり上昇する長期増強(LTP: long-term potentiation)は、その一つである。今回、苔状線維-CA3錐体細胞間のLTPに対する亜鉛の作用を検討した。 その結果、100 Hz, 1 secのテタヌス刺激によって、苔状線維シナプスでは140.5±3.7%のLTPが誘導された。この苔状線維LTPは5μMの塩化亜鉛存在下で有意に抑制され(125.1±3.9%)、膜不透過型亜鉛キレート試薬であるCaEDTA(1mM)存在下では逆に促進された(157.1±5.6%)。一方、苔状線維から放出された亜鉛はグルタミン酸受容体サブタイプであるAMPA/Kainate受容体活性化を介し、プレ側とポスト側の神経細胞に取り込まれることを明らかにした。そこで、細胞内に取り込まれた亜鉛をキレートするために、膜透過型亜鉛キレート試薬であるZnAF-2DA(100μM)を予め海馬スライスに負荷したところ、苔状線維LTPはCaEDTA存在下と同程度に促進された(159.0±5.8%)。苔状線維LTPはグルタミン酸の開口放出の増加に起因すると考えられており、亜鉛は細胞内外で開口放出過程を抑制し、苔状線維LTPを抑制的に調節することが示唆された。
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