海馬での記憶・学習に関する情報処理は主にグルタミン酸作動性神経によって行われる。その神経終末のシナプス小胞に存在する亜鉛は、脱分極刺激によりグルタミン酸と共に放出され、グルタミン酸放出に抑制的に働き、苔状線維・CA3錐体細胞間の長期増強(long-term potentiation: LTP)を抑制する。一方、急性ストレスにより記憶・学習が障害され、その分子基盤と考えられている海馬LTPが抑制されることが知られている。しかし、苔状線維LTPに関する知見はほとんどない。ストレス負荷により海馬細胞への亜鉛取込みが促進されるとの新たな知見に基づき、苔状線維LTP発現におけるストレスの影響と亜鉛の作用を検討した。 ラットに30秒間のTail suspensionストレスを与えると海馬細胞外液中のグルタミン酸濃度が一過性に増加し、亜鉛濃度が持続的に減少した。Tail suspensionストレスを与えたラットから作製した海馬スライスでは、LTPは有意に抑制された。ストレス負荷後の海馬細胞への亜鉛取込みがLTPの抑制に関与する可能性がある。そこで、ストレス負荷の代わりに海馬スライスに塩化亜鉛(100μM)を一時的に灌流し、LTPを誘導したところ、LTPは有意に抑制された。さらに、膜透過型亜鉛キレート試薬であるClioquinolを用い、Tail suspensionストレス時の亜鉛イオンの作用を阻害することを試みた。Clioquinolを腹腔内投与すると、Tail suspensionを負荷してもLTPは抑制されなかった。以上より、急性ストレス負荷により海馬苔状線維LTPが抑制されること、ストレスによる海馬細胞への亜鉛イオンの取込み促進が、LTP抑制に関与することが示唆された。
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