ヒト染色体転座t(11;22)(q23;q11)は、現在までに知られている中での、唯一の反復性非ロバートソン転座である。本研究代表者はt(11;22)転座の11番、22番両染色体の切断点にはpalindromic AT rich repeat(PATRR)と呼ばれるAT含量の多い回文配列が存在することを報告し、それが生理的な条件で「十字架型」DNAの立体構造をとるためゲノムが不安定になることが本染色体転座の原因であることを提唱している。また、代表者は、転座特異的PCRを用いた実験によって、ヒト精子においてのみ新生t(11;22)が高頻度に存在することを報告した。本年度の研究では、ヒト細胞株を用いたt(11;22)転座のモデル系を構築した。11番、22番両染色体の切断点にあるPATRRをそれぞれ別のプラスミドに組み込み、細胞内で転座様反応がおこるとGFPレポーター遺伝子が発現するように設計した。そして、これら2つのプラスミドをヒト細胞株に同時に導入すると、ヒトt(11;22)転座と同様の切断点の性質を持つ組換え反応がおこることを、転座特異的PCRとGFPレポーターの発現により証明した。これらのプラスミドの「十字架型」「非十字架型」の立体異性体を作成して種々の比率で混合した上で細胞に導入し転座様反応を定量すると、転座様反応が「十字架型」DNAの率と相関したことから、PATRRによる転座が「十字架型」DNAを介していることを証明した。また、この細胞株のゲノムに存在する内因性のPATRR同士は転座反応をおこさないことから、t(11;22)転座の精子特異性は「十字架型」DNAの存在に依存することがわかった。そして、siRNAの同時導入により、この転座様反応がArtemisヌクレアーゼによるヘアピン先端の切断反応が必須であることを証明し、十字架型DNAから転座反応に至る分子メカニズムを示した。
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