研究概要 |
石綿の発がん性についてはよく知られているが、石綿繊維種によるがん発生頻度の差について研究者の意見は大きく対立したままで、クリソタイルの発がん性が低いとする主張がある。そこでクリソタイルしか用いていない中国の石綿工場でコホート内症例対照研究を行った。症例は1975年から2001年までに肺がんとなった男性41例で、各症例に年齢を5歳以内マッチした男性5人、計205人を対照とした。これまでに行ってきた職場単位の石綿繊維の作業環境中濃度測定結果を基に、工程で7つの職場に分かれている労働者を曝露状態で3群に分けた。患者と対照の曝露程度を基に条件付きロジスティック回帰分析を行った結果、曝露濃度の高い原料、繊維職場では低曝露のセメント職場や事務の3倍の肺がんが見られた。喫煙の影響もこれに近かった。また高曝露の喫煙者の肺がんは9倍以上であり両者に相乗作用が見られた。 一方クリソタイルの発がん性を混入するアンフィボール系のトレモライトに帰する意見がある。そこで石綿工場での中皮腫症例に関連して、原料や作業環境気中と肺内石綿の種別を分析した。すると繊維種別比は両者で逆転して、前者では極めてわずかしか存在しないトレモライトが、肺内では大半を占めクリソタイルは極めてわずかしか観察されなかった。この逆転の機序としてはクリソタイルの繊維形による肺への吸入や肺末梢への到達力の空力学的な差、肺内でのクリソタイル繊維の方がはるかに溶融、崩壊および食細胞等による排出を受けやすいこと、および標本として切り出された後でホルマリン液が酸性化することによる液中でのクリソタイルの選択的溶解などが考えられる。これらの可能性について論ずるとともに、純度の高いクリソタイルも高濃度曝露が低年齢から続くと比較的若い年齢で中皮腫になるケースがあることを、発表した(Am J Ind Med,2009;52:282-7.)。今後さらに2005年までの34年間のコホートについての解析を行う予定である。
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