研究概要 |
虐待など幼若期に受けた心的外傷は、成長後の心身に悪影響を及ぼすと考えられている。ラットを対象にした母子分離ストレス(maternal separation;MS)は、成熟後の過敏性腸症候群(IBS)様病態の発症危険因子となる。本年度の研究目的は、消化管刺激により脳腸の特定部位で神経伝達物質が放出され、中枢機能ならびに消化管機能を変化させるという仮説を検証し、脳腸相関の物質的基盤を解明することである。本年度は、ストレスの鍵物質であるcorticotropinreleasing hormone(CRH)-adrenocorticotropic hormone(ACTH)-corticosteroneと連なるhypothalamo-pituitary-adrenocortical(HPA)軸とserotonin神経系の関連を検討した。Wistar系雄性ラットを対象とした。母子分離は生後2-14日目まで毎日18(分行った。5-HT2A受容体アゴニストの(±)-1-(2,5-dimethoxy-4-Iodophenyl)-2-aminopropane(DOI)を0.5mg/kg、分離の15分前に皮下注射した。Saline群、DOI群、MS群、MS+DOI群の4群に分け、成熟後7週日に高架式十字迷路試験(elevated-plumaze;EPM)で不安を測定した。8週目に、ネンブタール麻酔下で外側腹斜筋に電極装着する手術を施行3日後、バロスタットによる段階的大腸伸展刺激3周期を負荷し、翌日持続的大腸伸展刺激15分を負荷し、腹壁の収縮を筋電図で測定しか。結果は、不安行動において、EPMの閉鎖腕滞在時間(%)がSaline群(43.4±5.3)に比べ、MS群(60.6±6.1)で有意に長く、これは5-HT2A受容体アゴニストDOIで有意に抑制された(DOI+MS群,40.9±2.7,p<0.05)。大腸運動を評価する脱糞数は、Saline(1.0±0.6)群に比べ、MS群(3.3±0.8)で有意に増加し、これがDOI投与で有意に抑制された(1.2±0.5,p<0.05)。内臓知覚は、Saline群に比べ、MS群で有意に過敏化し(p<0.001)、この差はDOI投与により消失した。HPA軸の反応性はDOIによっては変化しなかった。母子分離は、成長後にIBS様の不安、大腸運動亢進、内臓知覚過敏を引き起こすことから、幼若期のストレスが情動回路に長期的な影響を与えることが示唆された。また、5-HT2A受容体が幼若期における母子関係による情動回路の形成に関与することが示唆された。
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