本研究では、老化分子p53を中心としたシグナルが心血管代謝疾患の病態生理に対してどのように関与しているかを検討し、関連シグナルの制御による新たな治療戦略を開発する基盤を構築することが目的であった。平成20年度には、2型糖尿病モデルにおけるp53シグナルについての解析を行った。カロリー制限は、酵母からマウスに至る様々な種において、寿命を延長させることが知られている。酵母や線虫においては、カロリー制限によってSir2と呼ばれるヒストン脱アセチル化酵素の活性が増加することが、寿命の延長に必須であることが知られている。ヒトのホモログであるSIRT1はp53を脱アセチル化することによって、細胞の寿命を正に調節することがわかっている。私は、培養内皮細胞を高濃度グルコース処理することによって、SIRT1活性の低下とそれに伴うp53シグナルの活性化が生じることを観察した。その結果、内皮細胞の寿命は著明に低下し、ICAM1などの接着因子の発現充進が認められた。高濃度グルコース処理によるこれらの内皮機能障害は、SIRT1遺伝子の導入やp53遺伝子の欠失によって改善した。次に、1型糖尿病モデルにおけるSIRT1の役割について検討した。培養系の実験結果と合致して、糖尿病マウスの血管では、SIRT1の活性は低下しており、p53のアセチル化も亢進していた。その結果、老化血管細胞数の増加やそれに伴う血管内皮機能障害(接着因子の発現充進と血管壁への接着白血球数の増加など)が認められた。これらの機能障害は、SIRT1活性化薬であるレスベラトロールの投与によって、改善させることができた。これらの結果は、糖尿病性の大血管障害に対する新たな治療戦略となりうるものと考えられた。
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