双極性障害の治療に使用される気分調整薬の奏功機序には不明な点が多く、また、有効でない症例も多いことから奏効機序の解明とその知見に基づくより有効な薬剤の開発が待たれる。これまでに奏功機序に関わる分子として複数の候補が提唱されているが、各候補分子がどのように奏功機序に関わっているのか、気分調整薬の奏効機序に関わるはずの多数の分子群の中でどの程度の重要性を担っているのかは不明である。本研究では双極性気分障害に対する気分調整薬であるリチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリジンが共通して及ぼす分子遺伝学的変化を細胞種毎に特定する目的で、ヒト神経細胞由来、アストロサイト由来、オリゴデンドロサイト由来の培養細胞に4剤を各々投与し、発現プロファイルに及ぼす影響を解析した。気分安定薬4剤のうちリチウムとバルプロ酸は相互に遺伝子発現調節に比較的類似した影響を及ぼし、また、カルバマゼピンとラモトリジンは相互に類似した影響を持つことが観察された。4種の気分安定剤投与により共通に遺伝子発現変化を受ける遺伝子群が属するカテゴリには細胞外基質と連携する細胞膜蛋白で細胞外情報を細胞内に伝達する機能に関するものと、形態・器官の形成、発達に関するものが多く、気分安定薬が細胞外から細胞内に伝わる情報伝達系に関わる遺伝子群の発現調節を調節することで、脳内細胞の構造・機能のフォーメーションを変化させることが、気分安定薬の奏功機序に関わる可能性を示している。また、免疫反応に関わる遺伝子群も全細胞種、全気分安定薬に共通して発現変化を受けていた。我々は更に中枢神経系のミクログリア・樹状細胞と近似する末梢血単球由来の樹状細胞にリチウムを投与してマイクロアレイ解析を行い、アポトーシス関連やサイトカイン受容体遺伝子の発現変化を特定した。これらの知見をもとに気分調整薬の奏効機序に関わる分子群の特定が進むと期待される。
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