これまで、ヒトにおいては主に神経因性疼痛の症例報告や、罹患患者に対する薬物療法等の報告が中心に行われてきましたが、その発病率や罹患率については全く報告されていないのが現状です。神経損傷を伴う処置が多い歯科治療において、多くの歯科医師はこれらの処置にどのような危険が伴うのかを理解し、患者に対し適切な情報を提供することが求められています。また、患者のQOLの向上のためにも、臨床的な見地から調査を行い、神経因性疼痛の発病率、罹患率、発症動向などを明らかにすることが期待されます。痛みとはそれを有する個人の不快な感覚や情動体験の表現です。神経因性疼痛が歯科においてあまりなじみがないと考えられているのは、逆に、「痛み」として認識されるほどの病態ではないために見過ごされている可能性が高いと考える方が妥当です。 本研究では、前向き研究として、明らかに神経を損傷する手術前後における三叉神経各枝ならびに頸神経支配領域の神経選択的刺激に対する知覚閾値ならびに痛覚域値の測定を行い、治療介入後から一定の期間、同領域の知覚閾値ならびに痛覚域値の変動を計測することにより、歯科治療に伴ってヒト三叉神経支配領域に生じる神経因性疼痛の発現につながると考えられる閾値の低下などの発症動向、ならびに、三叉神経第III枝への損傷が、どのような範囲に影響を及ぼすのか、を明らかにしたいと考えています。 その結果、患者の訴えの有無にかかわらず、術直後にはかなりの頻度で疼痛閾値の低下が生じており、インプラント埋入手術により末梢神経の一時的な過敏化が生じていることが示唆されました。疼痛閾値の低下は、手術部位の神経支配領域のみでなく、近接する神経支配領域にも生じていることが明らかにまりました。症例によっては手術部位の対側においても疼痛閾値の低下が認められ、中枢における痛覚の感受性が変化する可能性も推測されました。 今後さらに研究を進めることにより、歯原性の疼痛とは異なる機序で発生する神経因性疼痛の啓発や、神経損傷を伴う処置を行う際のリスクマネジメントの質の向上につなげたいと考えております。
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