本研究の目的は、王宮寺院の回廊壁画の劣化の原因を解明し、長期的視野に立って壁画保存のための有効な手段(修復方法)を確立することである。その目的達成のために、(1)現地におけるタイ壁画技法の研究、(2)回廊壁画の保存状態の現状分析、(3)研究室における実験による研究の3つの方法によって研究を進めた。(1)については、タイ文献と現地での壁画模写をとおして、(2)については、光ファイバーの斜光線およびサーモグラフィ(熱画像カメラ)による調査によって具体的かつ科学的手法を重視して研究した。(3)の実験では、(1)と(2)の方法によって得られた推論を補強、確認する上で有効であった。 本研究で確認されたのは、研究対象である1930年代の全面的描き直しにおいて実施された壁画技法は、絵画組成の面から言って長期保存に適した表現法ではないという極めて深刻な事実であった。白土層の描画面にクラチン絵の具で描写する場合、厚塗りによる表現は不適当であるにもかかわらず、西洋絵画の影響もあって全体的に厚塗りによる表現が主流になっているからである。 問題解決のために、保存状態が比較的良好なルート・プワンプラデット氏の表現法を重視し、より耐久性に勝れた描写法(修復法)を明らかにした。そして、長期的視野に立ったタイ壁画全体の保存修復の問題について、回廊壁画を含め各地域、各時代のタイの歴史的壁画の技法と修復法を研究する日、タイ共同の研究プロジェクトを新たに立ち上げた。技術面に基礎を置きながら、壁画保存の共通理念を確立するための組織づくりが出来たことで、本研究の成果は確実に継承。発展させていくことになったのは大いに意義があると認められる。
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