研究課題
ルーマニアは、1989年に社会主義体制から自由市場経済への移行を果たし、2007年にはEUに加盟をした。調査地域は、このような体制の変化をしたにもかかわらず、3段の準平原を利用したヒツジの二重移牧が行なわれてきた地域である。3度の社会体制の変革に伴い、伝統的なヒツジの移牧がどのように変容しているのかを明らかにすることとした。特に、地生態系からその変貌を把握することを目的とした。低地のBanat平原は、社会主義体制時代では冬の営地であった。今回の調査によって、EU加盟後、多くの大規模なヒツジ農家が低地に定住するようになったことが分かった。3番目の準平原面に相当するJina村(標高約980m)は、移牧の基地に相当する。ここでは土壌侵食を測量した。2003-2005年にかけては大きな土壌の移動があったが、2007年-2009年では、土壌の大きな移動はなく、荒れ地に草が回復した。Jina村付近の土地荒廃は、2003-2004年頃がピークであり、社会主義体制下の1985年頃から深刻化していた。2007年から2009年の間は侵食地の物質の移動はほとんどなく、裸地に草本が回復し始めている。Jina村ではEU加盟後に、ヒツジによるストレスが軽減していることが分かった。2番目の準平原面では、今日では草地は荒れていない。最上部の準平原面であるCindrel山地山頂部は、社会主義体制時代にヒツジ・牛・馬の夏の営地であった。EU加盟後、最上部までの移動は子ヒツジに限られ、頭数は激減し、2009年では8000頭に満たない。山頂部では、草地に樹木の侵入がおこっている。樹木の侵入のみられる地域において、コドラート調査と樹齢の測定をおこなった。結果、20年前からPinus mugoやPicea abiesによる草地への侵入がおこっていた事が分かった。これは、社会主義体制の崩壊後、山頂部へ連れていくヒツジの頭数が減少し、草地へのストレスが減少した為に樹木が侵入したと考えた。このように、生態系の変化から、1989年以降にヒツジによる草地へのストレスが激減したことを明らかにした。
すべて 2010 2009
すべて 雑誌論文 (1件) 学会発表 (2件)
暮らしと観光-地域からの視座-,立教大学観光研究所
ページ: 77-94