本研究は、現在キリバス領のバナバ島から、第二次大戦中に故郷を追われ、帰郷を果たせぬままフィジー諸島のランビ島で困窮化した生活を送るバナバ人を主たる対象とする。研究対象の人々が、実地調査時点において、いかに過去の出来事を認識し、それを共有・伝達してきたのか、記念碑建立や創作された歌・踊りによって祖先の経験を再現する歴史表象を手がかりとして、悲劇的歴史に関する集合的記憶の形成及び再生産過程、ナショナリズム醸成過程を考察すること、経験された歴史を踏まえて、調査地の人々が現在時点で、いかに未来を見据えて模索し、投企を決断しているのかを論じることが本研究の目的である。 ランビ島において移住第一世代は徐々に姿を消し、第二・第三世代のバナバ人が増加してきている。そのうち、フィジーの首都スヴァやキリバス首都へ再移住する例が見られる。フィジーにおいてはマイノリティとして差別され、進学のための奨学金が取得し難かったり、職を得にくいためであると人々はいう。再移住したキリバス首都において、ランビ島生まれのバナバ人がキリバス人の父から相続した土地に家屋を建てて生活している事例を見ると、彼らは比較の上で堪能な英語を使うことにより、職を得たりキリバス政府奨学金を獲得して進学するなど、国境を越えて生活の展望を開く方策を採っていた。また彼らは、ランビ島においてしばしば見られるのとは対照的に、キリバスにおいては、バナバ人としてのエスニックな意識を表出せず、政治的な発言をほとんどしていないことが明らかになった。
|