本研究の目的は、フィリピンの農漁民の生計戦略を、その資源利用のあり方に即して分析することを通じて、貧困削減の可能性について検討し、そこにおける地域の社会関係の役割をすることにあった。この目的に向かって、現地調査を毎年実施した他、文献調査を行った。その結果、農民も漁民も生計戦略においてリスク分散という課題がとても重要である一方で、その対象資源に関わらず、日常生活におけるお互いの交渉や戦略が重要であることが明らかになった。また、こうした戦略や戦略の背後にある人間関係の認識は、実は植民地化以前からのフィリピン(ビサヤ)、さらには東南アジア海域世界の人々の社会関係や慣習法のあり方に由来するものであり、その根底には「インド的権力観念」があることがわかった。日常生活の戦略はこうした権力観念を背景にして初めて理解できるものであり、貧困削減の手段とされている協同組合の実質的な機能も、こうしたこの土地の人々の歴史に根ざす社会関係の把握無しには理解できない。この歴史に由来するシステムは、一定の社会関係の内部で財を自由に循環させることにより日常生活のリスクを分散しているが、現代的経済システムは逆に生活のリスクを先鋭化させ、貧困と経済格差を固定化させている。そこで、貧困問題にアプローチするためには、植民地化以前の社会の経済システムを理解した上で、占有に基づき財の循環を促すような社会システムを強化する必要があることが示された。実のところ、こうした経済システムは実はフランスの社会主義思想家プルードンが唱えたものにとても類似しており、そこから、ゲゼルの地域通貨の思想のフィリピンにおける可能性についても新たな展望を開く可能性を示すことができた。以上の問題は、今までは歴史学や経済学で個々別々に論じられてきたものであるが、本研究ではそれらに調査を通じて全体としての見通しを与えた点に学問的意義がある。
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