グルジア共和国におそらく千年を超えて伝承されてきた高度なポリフォニーは、人類が築きあげてきた芸術文化の至宝のひとつであり、西欧のポリフォニーの源流といわれる。ユネスコにより『人類の口承・無形遺産の傑作』第一号の指定をうけたグルジアのポリフォニーは、人類の感性脳を強力かつ高度に誘起し、人類普遍の魅力をもつ。この研究では、グルジアのポリフォニーに特異的にみられる周波数・ゆらぎ・ピッチ(音高)などの音響構造を解明し、それらが人間の脳における感性反応にどのように作用しているかを検討することを目的とする。 20年度は、トビリシ国立音楽大学およびユネスコによって設立されたグルジア民族合唱国際センターと共同して行ったグルジア伝統ポリフォニーの高忠実度録音の音響構造を、19年度に開発した最大エントロピースペクトルアレイ法(MESAM)およびその定量化解析法を用いて分析した。その結果、グルジア伝統ポリフォニーには、人間に音として聴こえる周波数上限(20kHz)をこえ、時として40kHzをこえる超高周波成分が豊富に含まれており、基音が一定して持続している間にも、その超高周波成分は非定常で複雑に変化していることを見出した。対照として分析したベルカント唱法による歌声には20kHzを上まわる高周波成分はほとんど含まれず、定常性の高い構造が可聴域に観察された。ここから、非定常的な超高周波成分の豊富な含有は、グルジア伝統ポリフォニーの音響構造のひとつの特徴と考えられる。
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