研究概要 |
生体の諸機能や生体内で進行する諸物理化学過程を観測するに,極めて多自由度の系において複雑な制御が統一的にかつ調和的に実現されている。その機構を探るため,比較的単純な要素(二状態神経細胞(セル)モデル)の多数結合系(神経回路網モデルや非線形光電子素子結合系)において比較的単純な時間発展ルール(神経興奮の更新ルールや光キャリアのレート方程式系)によってカオスを含む複雑なダイナミックスを生ぜしめ,それを不良設定問題求解に応用してカオスの有用性・有効性を示してきた。本申請期間内においては(a)神経回路網のカオスを用いた多点間の同時情報伝達に関する計算機シミュレーション(b)適切な符号化を利用して制御に関する不良設定問題(たとえば二次元迷路における運動方向制御問題)求解への応用を試みその計算機シミュレーションを行う(c)光電子デバイスによる神経細胞擬似素子を作製し,そのパルス発振に関する理論的検討とその結合系の動作シミュレーションを行う。また実際のハードウェア試作検討を行う,の3課題を掲げる。具体的には次の4項目を挙げた。 (1)「多点間の同時情報伝達」に関して,高等動物が並列的機能を実現する際に脳内において異なる領野どうしがあたかも多チャンネル同時に「通信」という情報のやり取りと「コミュニケーション」という内容の理解と処理を含めた交互の作業が渾然一体となって行われているように見える。すなわち一団の神経発火が周囲に送り出され,神経活動のカオスの海に消えて行くように見えて,時空間的に遠くはなれた位置とコヒーレントに同期しながら通信と情報処理が為されている点が「一見不可思議に見える」という状況である。それが多チャンネル同時に行われており,そのメカニズムの解明と機能シミュレーションを用いてその機能を具体的に再現を試みる。モデルは前年度に考案されており,本年度はシミュレーションのためのプログラム作成とその試験的実行,およびプログラムのバグの発見と修正を行い,本格的な計算機実験の準備とする。 (2)「身体制御」に関しては,高等動物の筋肉による運動制御は該当する脳の運動野の神経細胞数に鑑みるに何桁も異なる大冗長度を有した制御である。その意味と機構はいまだに明らかではないが,発見論的アイデアのもと,神経回路網に埋め込んだ少数個のアトラクターに典型的な身体運動を対応させたcodingを採用し,更にそこにカオスを導入する。それにより複雑な身体運動を発生させそれを適応的に制御を行い,カオスの機能的関与を具体的に示す機能シミュレーションを行う。本年度は昨年度の肩から肘までの自由度の場合に加えて手首までの自由度を加えた場合について機能実験を行う。 (3)二輪自走ロポットに対して実際に迷路を設定し,機能シミュレーションに基づく制御機構を組み込み,ハードウェア実装を行った遍歴ロボットを試作して迷路求解を行わせた。該当二輪自走ロボットのCPUは神経回路網を搭載できる性能規模ではないため,電磁波による信号の転送・受信を介してパソコンにある神経回路網におけるカオスを用いて制御する試作機とした。1号機による実験が成功し,本年度は2号機の作成と実験を行う。 また二足歩行ロボットの導入の検討を行う。 (4)半導体技術を駆使して「量子閉じ込めシュタルク効果(QCSE)」を用いた能動双安定素子を作製し,それを二段に組み合わせて神経発火状のパルス発振をする素子を二次元上に集積的に配置し神経回路網の動作をさせるチップを試作を検討し,理論的な評価を行う。それを集積させた素子結合系の作製を検討する。本年度は徳島大学・三菱電機・大阪府立大学・岡山県立大学の研究者と共同研究を開始し,素子の基礎構造となる結晶の作製に着手する。 これらに関して,(1)については計算機実験を本格的に開始して,異なる二点間に関する神経発火の相関関数を計算した。また相関関数の分析を行って異なる二点間の力学的関連性を評価した。(2)については,機能実験のためのプログラムが完成し,本格的な計算機実験を開始した。(3)については2号機が完成し,それを用いた実験を行い,迷路求解の実験を成功させた。また二足歩行ロボットを購入し,その組み込みソフトウェアを用いて歩行実験を行い基本動作を実現させる準備を行った。(4)については,結晶薄膜が完成し,それに電極を着ける作業を行うための実験条件出しを行った。
|