本研究ではマルチモーダルな刺激に対するミツバチの飛行行動について実験を進め、その行動の機序となる脳・神経機構の数理モデル構築を目指した。まず、聴覚、視覚、嗅覚刺激を対象に、風洞内での自由飛行、微小トルク計に固定したフライトシミュレータという異なる飛行状態での行動を観測する新たな実験プロトコルを開発した。フライトシミュレータを用いた飛行実験においては、前方に提示した図形の形状と色では刺激提示の位置普遍性に違いがあることを示した。また、前方からの聴覚刺激に対しては、音の強度、周波数だけでなく、リズムに対して趣向性を持つことを示した。嗅覚刺激に対する反応はフライトシミュレータにおいては明確には観測されなかったが、風洞を用いた自由飛行においては匂い刺激の存在する領域とない領域の境界付近において、飛行方向を急激に変える行動が見られた。この行動変容は、学習した場所付近を探索する飛行行動と記憶した刺激に定位する行動の切り替えが、このタイミングで生じている可能性を示唆するものであった。飛行軌跡を詳細に解析した結果、この急激な方向変化は脳における行動のスイッチングを反映しており、飛行行動を制御する2つのプロセスの存在が示唆された。この2つのプロセスの切換えタイミングによる個体行動のバラエティは、環境変化への適用性を高める役割を果たしている可能性を示唆するものである。
|