キイロショウジョウバエの嗅覚神経細胞は50種類のサブクラスに分化しており、それぞれクラス特異的な匂い受容体を発現するとともに、その軸索を脳の一次嗅覚中枢のクラス特異的な領域へと投射することで脳内に匂い情報の空間地図を構築している。この多様な神経クラス分化とクラス特異的な軸索投射をつかさどる分子機構を明らかにするため、いくつかの候補遺伝子について、それぞれ、その遺伝子の変異をもつ嗅覚神経細胞のクローンを作出し、その神経クラス分化と軸索投射に与える影響を解析した。その結果、Runtファミリーに属する転写因子をコードするlozenge遺伝子、およびEGFRシグナル伝達に関わる遺伝子の変異において、それぞれ特定のクラスの嗅覚神経細胞の分化/軸索投射に異常が見られた。これら二つの遺伝子変異によって異常が見られた神経クラスを比較したところ、どちらの遺伝子変異においても異常が見られる神経クラス、どちらか一方の変異でのみ異常が見られるクラス、および、どちらの変異においても異常が見られないクラスが存在した。したがって、これらの遺伝子を介した神経分化の機構が組み合わさることで、神経クラスの多様性が生み出されていることが示唆された。また、lozenge遺伝子に関しては、その温度感受性変異系統を用いて遺伝子産物の活性を段階的に変化させることで、遺伝子産物の量と分化する神経クラスとの関係について解析を行った。その結果、神経クラスによって分化に必要なlozenge遺伝子産物の量が異なることが明らかになった。 したがって、lozenge遺伝子産物の量の差異に依存して神経クラスを多様に分化させる機構の存在が示唆された。これらの結果は、嗅覚神経細胞の多様なクラス分化をつかさどる分子機構を解明する上で重要な糸口となると思われる。
|