研究概要 |
条件性恐怖記憶は主に扁桃体における連合学習により形成されると考えられている。この連合とは、恐怖刺激を被った場所(文脈)や感覚情報(音や匂い)等、普般は恐怖感を覚えない中性の刺激(「条件刺激」)と、具体的に身体的・精神的な苦痛を伴う「嫌悪刺激」との連合を指す。この連合が成立した動物は、もはや嫌悪刺激なしで条件刺激に対して「恐怖応答」を示すようになる。このようにして恐怖記憶を獲得した動物を繰り返し条件刺激のみに再暴露した場合、その動物の恐怖応答が徐々に減弱していく現象、Fear extinction、が知られている。Fear extinctionは恐怖記憶を「忘れる」のではなく、獲得された連合に対して新たな抑制性の学習を形成することであり、この抑制性学習の固定や想起に主要な役割を果たす神経回路のひとつとして内側前頭前野(media prefrontal cortex,mPFC)から扁桃体への投射が考えられている。Fear extinctionは、PTSD、パニック障害、強迫性障害等の不安関連障害に対する治療法である「暴露型認知行動療法」の基礎プロセスと考えられており、その詳細の研究は同療法を進歩させる上で重要である。我々は平成19年に、それまで独自開発してきたFlop型AMPA受容体趣向性同受容体増強薬PEPAが主にmPFCを活性化することにより、Fear extinctionを強く促進することを報告した(J.Neurosci.,27:158-66,2007)。本研究ではこの成果基盤の上に、マウスを用いてFear extinctionを司る神経回路について更に検討を加えた。平成20年度の成果のひとつとして、上述のPEPAが恐怖記憶の再固定には全く作用しないことを見いだした(第1回日本不安障害学会学術大会で発表及び論文投稿中)。この成果は恐怖記憶の再固定とExtinctionを司る神経回路の違いを薬理学的に明確にするものである。再固定には作用せずExtinctionを促進する薬物の発見は新たな暴露型認知行動療法アシスト薬開発の一助になると考える。
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