ヒトは自分の身体筋骨格系に由来する感覚情報を階層的に統合処理することによって自らの身体像を脳内に形成する。申請者らは、四肢の腱への振動刺激が運動感覚情報を脳に運ぶIa求心性線維を動員するという方法を応用して、健常被験者の自己身体像形成に関与する脳活動を同定してきた。この一連の研究により、運動関連領野および右半球前頭-頭頂葉の活動が、四肢の運動感覚情報を基に形成される自己の動的な身体像の脳内表象に関与することを明らかにしてきた。一方で、身体像形成には自分の身体に関する視覚情報も重要な貢献をする。例えば、ヒトの視覚有線外野外側部には身体に関する視覚情報処理に特化した領域(身体視覚領野)がある。そこで、申請者らはまず、健常被験者において、自己の手の動きに関する視覚情報が自分の手の運動感覚処理に与える影響について検討した。その結果、この視覚情報は運動感覚処理に対して優位に作用し、この視覚優位性に関する神経計算が後頭頂葉で起こることを明らかにした(Hagura et al.2007)。続いて、自己の手で経験している運動感覚とは異なる3つ速度の手の動きに関する視覚情報を用意し、後者が前者に対してどのような影響を及ぼすかを検討すると、視覚情報速度に応じて手の動きの速度が修飾されることが明らかになった(Hagura et al.2008)。このとき、視覚情報は自己の手の位置情報をアップデートするわけだが、機能的核磁気共鳴装置を用いて脳活動を計測すると、このアップデートに右半球前頭-頭頂葉と左半球小脳外側部のネットワークが関与することを明らかにした。最後に、視覚障害者が四肢運動感覚を体験している際の脳活動を計測すると、被験者は手の運動感覚しか体験していないにもかかわらず、視覚有線外野外側部が賦活し、しかもこの領域は皮膚への単純な刺激では賦活しないことがわかった。
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