複雑かつ正確に秩序だった脳の神経回路の形成において、"シナプス形成"はその基本となる重要なステップである。この過程において、シナプスは、構造上、一種の細胞間接着装置と見なすことができ、前シナプス膜と後シナプス膜の"特異的接着"は、様々な細胞接着分子によって制御されていると予測されてきた。しかし、シナプス形成の分子メカニズムは既知の接着分子だけでは説明できず、未知のメカニズムが存在すると考えられている。 そこで、申請者は、数年来、シナプス形成期のマウス海馬の発現ライブラリーより、細胞間接着活性を指標として遺伝子の同定をおこない、新たなシナプス形成に関わる細胞接着分子の探索を試みてきた。その結果、電位依存性カリウムイオンチャネルの一種、KCNXをその候補として見いだしている。現在までに以下のことを明らかにしている。1.KCNXは細胞内cAMP濃度に依存したホモフィリックな細胞接着活性を有すること。2.海馬において成長円錐やシナプスに局在すること。3.KCNXが電気生理学的にカリウムイオンチャネル活性を持つこと。4.KCNXが細胞接着能を有すると予想される細胞外領域で限定分解(プロテオリシス)されること。5.生体内において、感覚系シグナルを脳に伝える長距離の軸策先端に局在すること。6.報告されている遺伝子配列とは異なる配列のKCNXが多数種類存在していること。7.mRNAレベルで非常に発現量が多いこと(全mRNAの0.5%)8.糖鎖の修飾がチャネル活性に必要なことを明らかにしている。 以上のことから、KCNXは物理的信号(細胞膜電位変化)と化学的信号(cAMP濃度変化)の両方を感知して、シナプス強度を制御する全く新しい機能分子であると考えられる。このことから、申請者が同定したKCNXは中枢神経における細胞接着活性を持ち、かつ、シナプス形成に関わるイオンチャネルとして期待できる。
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