ノシセプチンは、学習・記憶機能に対し抑制的な役割をしているというこれまでの数多くの研究報告とは逆に、我々は、学習・記憶機能を障害する用量より低い用量のノシセプチンにより、薬物によって引き起こされる学習・記憶障害が改善できることを報告してきた。今年度は、この改善作用に係わる分子機序を明らかにすることを目的に、記憶機能に重要な細胞内情報伝達系である、extracellular signal-regulated kinase(ERK)をリン酸化するmitogen extracellular regulating kinase(MEK)経路およびprotein kinase A(PKA)経路に焦点をあてて研究を進めた。 MEK経路阻害薬であるU0126(2.63nmol/mouse)を海馬内に投与すると、学習・記憶機能が障害された。この学習・記憶障害は、低用量ノシセプチンの海馬内に投与するにより有意に改善された。しかし、低用量のノシセプチンは、MEK阻害薬によるERKのリン酸化の減少には影響を与えなかった。一方、protein kinase A(PKA)経路阻害薬であるRp-cAMPS(0.45nmol/mouse)を海馬内に投与すると学習・記憶機能が障害されたが、低用量のノシセプチンを海馬内に投与してもPKA経路阻害によるERKのリン酸化の減少には影響を与えなかった。 現在、これらの作用をOpioid receptor like-1(ORL1)受容体遺伝子欠損マウスを用いて、同様にこれら細胞内情報伝達系に関して検討中である。学習・記憶に重要な働きをしているコリン作動性やグルタミン酸神経系を調節的に制御しているペプチド作動性神経系の役割が明らかとなれば、認知症発現の解明および予防、ならびに副作用の少ない持続性の長い抗認知症薬開発に繋がると期待される。
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