歩行発現制御機構は中枢神経系広範に分散配置された複合神経システムであるが、その基礎的神経機構は脳幹-脊髄系に存在する。本研究では中枢損傷後の歩行機能修復過程において、歩行の基礎的神経機構に如何なる神経可塑性変化が生ずるかを理解することを目的としている。このためウサギを実験動物に用いて、脳幹〜脊髄内へ選択的部分損傷を加え、これによる歩行運動発現への影響を観察し歩行神経機構のシステム構成原理を知るとともに、中枢損傷後の歩行機能回復の実態を把握し、そこに働く神経可塑性機序について考察した。 平成20年度は次の2項目について研究を進めた。 研究1:成ウサギの下部胸髄に半切断術を施行し、上丘前縁-乳頭体後縁を結ぶ面で上位脳を離断し除脳ウサギ標本を作製した。除脳ウサギの中脳〜延髄レベルで正中部に部分切断を加え、中脳歩行誘発野(MLR)へ電気刺激し誘発される後肢運動を観察した。胸髄傷害側MLRに電気刺激を加えたところ、尾側橋〜延髄レベルで正中部切断しても胸髄健側の後肢に跳躍運動が誘発された。これより、一側MLRに由来する歩行駆動信号は中脳〜吻側橋レベルで一部が交差し脊髄両側性に伝達されることが示された。一側MLR由来の歩行駆動信号の両側性分配には脳幹網様体の神経回路網の働きが重要と考えられた。 研究2:下部胸髄半切断術を施行したウサギを4〜7日生存させた後に除脳ウサギ標本を作製した。除脳ウサギの一側MLRを微小電気刺激したところ、脊髄健側と傷害側の両側後肢に跳躍運動が誘発された。これは脊髄健側を一側性に下行する歩行駆動信号が左右腰髄の後肢跳躍パターン発生機構(CPG)を駆動したためと考えられる。胸髄半切断直後のMLR刺激実験では脊髄健側後肢のみに跳躍運動が誘発されたことから、半切断後の数日間の生存期間内に左右腰髄CPGを機能的に結び付ける可塑性変化が生じたものと推測された。
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