筋肉の収縮は、一般に細胞内カルシウムイオン濃度によって制御されている。骨格筋においては、カルシウムイオンは細いフィラメント上のトロポニン分子に結合し、構造変化を引き起こすことによって張力発生(アクチン分子とミオシン分子の相互作用)を引き起こす。X線回折法は、生理的条件下の骨格筋において、トロポニンへのカルシウム結合を測定しうる唯一の方法である。当該年度においては、X線回折法によるトロポニンへのカルシウム結合測定と、カルシウム感受性蛍光色素による細胞内カルシウム濃度の測定を同一の試料において行い、結果を比較することができた。 実験は大型放射光施設SPring-8の高輝度ビームラインBL40XUを用いて行った。X線検出器には、X線イメージインテンシファイアを用い、その出力を三板式高速CCDカメラ又は高速CMOSカメラで観察した。時間分解能は共に1ミリ秒である。試料には太いフィラメントと細いフィラメントの間に重なりが無くなるまで引き延ばした食用蛙半腱様筋を用いた。細胞内にカルシウム感受性蛍光色素fluo-3を取り込ませ、蛍光顕微鏡を用いて蛍光変化を測定し、それに基づいて細胞内カルシウム濃度とトロポニンに結合したカルシウム量を計算した。X線回折測定と蛍光測定は筋肉に対して電気刺激を行う度に、交互に行った。 トロポニン反射の強度は、刺激後4ミリ秒から増加し、10ミリ秒で最大になり、25ミリ秒で半減した。細胞内カルシウム濃度から計算したトロポニン分子のカルシウム結合量は、刺激後1-2ミリ秒から増加し、5ミリ秒に最大に達し、40ミリ秒程度で半減した。このようにX線回折で測定したトロポニン分子の構造変化はトロポニンへのカルシウム結合とは必ずしも一致していないことが明らかとなった。
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