成熟した動物において、延髄下オリーブ核を起始核とする登上線維から小脳プルキンエ細胞へのグルタミン酸作動性の興奮性入力を、グルタミン酸受容体阻害薬を用いて約1週間持続的に阻害すると、形態学的にはプルキンエ細胞に絡みつくように形成されている登上線維が退縮し、生理学的には登上線維終末からのグルタミン酸の放出が減弱される。この事実は、小脳による運動制御機能および学習機能に重要な役割を持つ登上線維からプルキンエ細胞へのシナプス結合ならびにシナプス伝達は成熟後も固定・不変的なものではなく、活動依存的に変化する可能性を示唆している。ところで、生活不活発病とは日常生活が不活発なことが原因で、心身の生理的機能の多くが低下することであり、学術的には廃用症候群と言われている。成熟しすでに脳における回路形成が一旦完成し、固定化された後でもこのような廃用症候群や慢性的な運動不足により運動の制御・学習機能の低下が生じるが、そのような原因の1つとして下オリーブ核・登上線維ープルキンエ細胞シナプスの機能低下が関与しているのかという仮説を持った。本研究課題では、成熟した動物において、下オリーブ核の薬理学的破壊を行い、小脳が関与する生理学的機能としての歩行制御や条件付け心拍応答への影響を調べた。歩行制御への下オリーブ核破壊の影響としては、特に後肢の肢内協調の障害が示され、また、条件付け心拍応答においては、条件付け学習そのものの障害が示された。また、ラット後肢のギプス固定により後肢の不活動を課した動物においては、後肢骨格筋の委縮は観察されたが、歩行における肢内協調および登上線維によるプルキンエ細胞へのシナプス形成に光学顕微鏡レベルでは顕著な影響は観察されていない。下オリーブ核・登上線維系の運動の制御及び学習機能における新たな所見が発見されたが、不活動による登上線維シナプスへの影響はより実験条件の設定の変更が必要とされるかもしれないと考えられた。
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