高地における食欲の低下の要因は、低酸素環境下における味覚の受容機構の変化によることが推測されているが詳細は明らかではない。味蕾の多くは舌乳頭に存在するが、口腔内、咽頭および喉頭などにも認められる。喉頭味蕾は下気道入口付近に位置することから、味覚の知覚というよりはむしろ呼吸の変調あるいは気道における防衛機構に役割を演じていると推測されている。カルシウム結合タンパクは細胞内カルシウムの貯蔵と移送に関与しており、知覚機構に関与している可能性が示唆されている。正常環境下と低酸素環境下(10%酸素)のラット喉頭および舌味蕾におけるカルシウム結合タンパク(calbindin D-28k)の動態を免疫組織化学的に検討し、低酸素環境下におけるカルシウム結合タンパクの働きならびにその意義について考察した。1)正常環境下ラットでは、calbindin D-28k免疫活性は舌有郭乳頭の味蕾内細胞および神経線維に認められた。一方、喉頭味蕾では味蕾直下の神経線維には認められるが、味蕾内細胞には認められなかった。2)低酸素暴露ラットでは、有郭乳頭の味蕾内細胞および神経線維におけるcalbindin D-28k免疫活性は減少した。喉頭味蕾では、味蕾直下の免疫陽性線維の分布密度は正常環境下ラットに比べ高かった。これらの所見から、喉頭味蕾の機能は舌味蕾の機能とは異なり、味覚の知覚よりはむしろそれ以外の何らかの化学受容に関わる可能性が考えられる。低酸素暴露による舌および喉頭味蕾におけるcalbindinD-28k免疫活性の顕著な変化は、長期低酸素暴露が舌および喉頭味蕾における細胞内カルシウムイオン調節を介した化学受容機序を変化させている可能性が示唆される。
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