生物個体が発生する過程や環境からの刺激に応答する際には、細胞内における遺伝子の発現が組織/時期特異的に変動する。しかし遺伝子発現の変動を解析するため用いられてきた従来法では、組織の固定あるいは細胞の破砕によって時間軸を「固定」してしまうため、生きた細胞群を対象として遺伝子発現の変動を継続的に追跡することができない。このような生細胞での経時解析には、内在の遺伝子機能を損なわずに目的遺伝子の発現変動をモニターできる「センサーローカス」の構築が望ましい。 我々はこれまでに染色体を自在に改変する技術を開発して、ヒト人工染色体(HAC)ベクターを構築してきた。 HACベクターは、宿主細胞(ヒト/マウス)内で内在の染色体から独立して安定に維持され、2)部位特異的組み換えシステムを利用してBACサイズ(100〜200kb)のゲノムDNAが搭載できる。これらの特徴から、HACは「センサーローカス」のプラットフォームとしての可能性を持つ。 そこで本研究では、BACクローンを改変して発現制御領域の下流にレポーター遺伝子を組み込み、これをHACベクターに搭載することで、生細胞内の遺伝子発現動態が解析できる実験系の確立を試みた。 HACベクター上に蛍光レポーター遺伝子のみを搭載して培養細胞レベルでの発現を検索したところ、クローン間の発現量の差は宿主染色体上へのランダムな挿入と比較して均一であることが確認された。センサーローカスの構築は、BAC改変によるレポーターコンストラクトの構築と、これを染色体ベクターに搭載する、2つの段階から成る。前年度には、目的BAC(HOXB4遺伝子を含む)を組み替え反応誘導可能な大腸菌宿主株に変換した。その結果、組み換え誘導株には部分配列のみが回収され、全長配列は回収できなかった。これをうけ本年度は、組み換え誘導株に回収された配列を解析した結果、目的領域の一部のみが含まれることが判った。大腸菌宿主株におけるBACの安定性は、含まれるゲノム配列に依存することが知られており、なおかつ目的遺伝子の発現制御に必要な制御配列は確定されていないのが現状である。そこで今後は、目的遺伝子を含んだ長さの異なる複数のDNA断片をBACクローンから単離し、これにレポーター遺伝子を繋いだコンストラクトをインビトロで作製する方針を試みる予定である。
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