本研究は、民間治療に関わる多様な知識・実践のなかから、ナショナルなレベルにおいて「民族医学」が制度化、公定化される過程を追いつつ、広範な知識・実践の何が取捨選択されていくかを明らかにすることを目的とする。植民地時代の伝統医学成立に関する具体的研究成果は、本年度国際学会(ICAS於韓国)で発表した。一方、現政権へのつながりについて、2007年夏の僧侶デモ以来、日本人を中心に研究者の入国ビザ取得が困難になりミャンマー以外での調査研究を継続してきたが、今年3月にミャンマー入国が可能となり、その調査を含めて以下のような知見が得られた。 (1)「民族医学」の制度的確立の把握。現政権下の公的新聞紙「ミャンマーの光」から「民族医学」関連の記事を抽出し、項目等をデータベース化し、現政権における保健医療政策や民族医学関連の記述チェックを行った。(A)現在「民族医学」を管轄する「厚生省民族医学局」を中心に、NPOである民族医学師協会などの動員を行いつつ、1996年法令に基づき、薬の成分、製造の標準化を図る等の政策が採られている、(B)社説、論説などを通じて、一般人への健康意識を高め、食べ物などから病気に関する知識を広める努力が見られる。プライマリーケアの一環として民族医学を使い再構成していると捉えられ、WHOの方針との関連も指摘できる。 (2)国内外の僧院による僧侶と民族医学従事者たちの聞き取り調査。(A) 民族医学従事者たちによれば、(1-A) の政策は運用面では伝統医薬の申請、商標登録に多大な時間と費用が掛かるなど幾多の問題が生じており、その解決に上記民族医学師協会等NPOがあいだに入っている。(B) 実際に緊急、災害の際や辺境の地に西洋医薬がなく、僧侶による仏教布教には民族医学の知識が必須とされ、むしろ僧侶等の希望で、仏教布教大学で民族医学訓練コースが設けらている。 (3)民族医学政策は、国家の関与を通じて国内での標準化が強化され、宗教など、他の政策とも深く絡む問題といえる。民族医学も伝統文化の強化という側面と、災害時にも西洋への援助を否定し、自国内で医療を強化する現実的側面とが存在する。
|