本研究は、マレーシアのクダー州に所在する44のタイ上座仏教寺院を調査対象とした。調査と考察の結果、クダー州においては、Bukitと呼ばれる内地の標高15-100mの地域に16世紀から20世紀初頭にかけて、タイ南部から農民が移住してきて多数の寺院と村落を作っている。彼らはタイ国籍者と区別するために、自らをシャム人と呼び、マレーシアの先住民(ブミプトラ)であることを意識している。古い村落はクダーの河川交通の主流であったクダー川とムダ川沿いに存在している。1950年代にはNewVillage政策によってタイ国境近くの村落は強制移住を余儀なくされ、その結果、コミュニティが崩壊した場合もある。シャム人人口は過去50年の間に徐々に減少し、過疎化も進んでいるが、シャム人村落が大きなところでは寺はコミュニティの中心、タイ語教育の中心であり、タイ国からの僧侶や建築支援を受けてこの20年の間に施設が充実しつつある。また、都市部に近くシャム人が少ないところでは、クダーやペナンの華人が寺を支え、納骨堂や華人的立像などを寄付するなど華人化が進行している。シャム村落の分布を調べると、19世紀以前のクダーのマレー政権が沿岸部を領域の中心とみなし、内地に関してはほとんど政治的関心を持っていなかった可能性がわかった。
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