本研究の目的は、東北日本の一関藩を主なフィールドに、一関藩の「育子仕法」のなかで作成された史料群をおもな手がかりに、武士と農民の性と生殖の世界を、妊娠、出産、子育てという具体的な局面で、また家族のライフサイクルとも関わらせつつ明らかにすることにある。本年度は、そのために一関市博物館所蔵の一関藩家老沼田家文書のなかの「御用留「や書状、また仙台藩領内の若柳村の病死披露、出生書上などの史料群、さらに岩手県立博物館所蔵の出産や懐妊婦調書、さらに内藤薬記念博物館所蔵の病や薬に関する史料群の収集、撮影、および読み本作成を行った。また沼田家文書の「御用留」に記録された着帯届、死胎届、産穢届、名号届などの事例、約939件について分析するために、岡山大学大学院生の協力を得て、データベースの作成を行った。 さらに、こうした作業と並行して、本研究の視点を深めるために、近世社会のいのちの問題に、胎児・赤子観、医療などの視点から、どう追究するかをめぐって「近世民衆のいのちの諸相」と題して、社会思想史学会第33回大会セッション「『人間』概念の変容と生命倫理」で報告を行った。また、そこで得られた視点をもとに、「出産と医療を通してみた近世後期の胎児・赤子と母の『いのち』」と題する論文をまとめ『文化共生学研究』第8号に掲載した。そこでは、一関藩をフィールドに、妊娠、出産という胎児・赤子が生まれるプロセスや、胎児・赤子と母のいのちが交差する「出産」、そして医療に焦点を当てることで、近世後期の胎児・赤子、母の命をめぐる問題にどのように接近できるのか、その見取図を描いてみた。その結果、農民と武士の性と生殖や「家」の存続をめぐる観念の違いや、「育子仕法」のなかで藩と人々のせめぎあいの中間に位置した医者たちの命への認識を探ることなど、本研究の今後の課題がより明確となった。
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