研究初年度は、生物学の基礎を習得することとダーウィン以降の進化倫理学の基礎文献収集と読み込みを進めてきた。具体的には、必ずしも進化倫理学だけをテーマにしてはいない生物学の哲学の標準的な教科書や論文集に収録されている進化倫理学の概説を整理することに努めた。その結果、生物学の哲学からの倫理学へのアプローチは「互恵的利他行動」の分析と、ゲーム理論などを道具立てとしたある種壮大な人類史の記述に重きを置きがちであって、その倫理学的願意に注意を払っていないことが理解された。今後はルースやジョイスといった進化倫理学についての主題的な著作を再検討し、さらなる蓄積をはかる予定である。 道徳実在論については基本文献の読解もままならず、今年度は文献・資料収集に終始してしまった。それでも現在レイルトンの還元主義的実在論とそれに対する進化倫理学者からの批判をサーベイする論文をまとめつつある。この論文は4月締め切りの大学紀要に投稿する予定である。 優生学の負の歴史を視野に収めることなしに進化倫理学を歴史的に捉え返す作業は不可能であるという観点から、ゴルトン以降の優生学についても調査を進めている。勤務校で優生学の歴史を講じる機会を得たこともあいまって、邦語文献を網羅的に収集し、現在分析作業に着手したところである。優生学は遺伝学と手を取り合って登場してきた事実、さらにはダーウィンの進化倫理学が優生学的発想を色濃く残している事実を確認した。優生学についての本研究における当初の位置づけは、付帯的なものであったが、若干計画を変更し、リベラル優生学の研究と併せて進化倫理学の規範倫理学的側面をも明らかにしたいと考えている。私のみるところ、優生学研究は障害学との連携をおろそかにしては成り立ち得ない。そこで、進化倫理学が優生学とどのように関係しているか(あるいは概念的には無関係なのか)を解明する研究を障害学会で発表するべく構想中である。 今年度は論文や口頭発表といった研究成果はあがっていない。初年度をもっぱら文献読解などの研究蓄積に当てるという研究計画に基づいた結果である。第2年度においては、上記に記した準備作業を生かしながら、論文投稿・学会発表によって目に見える成果を残せるはずである。
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