本年度は、戦前の動物愛護運動について、できるかぎり詳細な年表と文献表を作成することによって、その全体像をとらえることを試みた。その結果、既存の研究であまり言及されることのなかった大正時代に動物愛護運動が一つの盛り上がりを見せたことを明らかにし、その中心となった上野動物園の象解放運動についてほぼ全貌を明らかにできたことは大きな収穫であった。また、日本の知識人が組織した動物愛護会と横浜や東京の外国人を中心とした愛護団体の間の密かな対立やその原因と考えられる両者の運動形態の違いについてもある程度明らかにできた。こうした基礎データの整理と共に、本年度においては「愛護」という日本特有の概念を手がかりにして、日本の動物愛護運動の持つ特徴について明らかにすることを試みた。そこで浮かび上がった仮説は、そもそも動物愛護運動が日本においては児童教育・社会教育を主眼としたものであり、動物を対象とした倫理運動ではないのではないか、ということである。この解釈の下では、なぜ動物愛護についてこれほど日本と西洋の間で話がかみ合わないかが説明できる。また、本年度には、本研究の成果を生かした日本人むけの動物倫理の紹介書『動物からの倫理学入門』を出版した。本書においては西洋流の動物倫理が近代市民社会を支える基本的な理念の論理的な帰結であるという観点から、日本人にとってわかりにくい動物倫理の考え方の整理を行っている。
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