研究概要 |
本研究は,近代政治哲学の確立者とも言うべきホッブズの思想をその発展史という観点から取り上げ,ホッブズが,西欧の思想伝統の継承と批判を通じて,どのようにして近代思想を確立していくかを明らかにすることを目的とする。今年度は,とくにホッブズ政治哲学の基礎理論とも言うべき,自然状態論(自然権論,自然法論を含む)に焦点を合わせ,ホッブズの思想に以下のような展開が見られることを明らかにした。 ストア派以来の伝統的自然法論においては,自然法は理性的自然の法,理性に根差す価値秩序の表現として理解されてきた。こうした発想の痕跡は近代自然法論の父と称されるグロティウスの自然法論にも受け継がれた。そして,同様の発想の痕跡は,ホッブズにもとくに『法の原理』『市民論』に認められる。しかし主著『リヴァイアサン』においては,ホッブズは,人間がその情念的自然に基づいて自己保存を追求することを前提として,自然法を自己保存という目的実現のための手段として捉え,自然法が表現する価値秩序の基礎を理性というよりもむしろ情念に求めた。さらに,自然法は,違反者を処罰する強制権力が確立されて実定法,リヴァイアサン(国家)の法としての身分を獲得することにより,はじめて実効性をもつとされる。そして,リヴァイアサンは,ホッブズによれば,人間の製作物であるから,これは,自然法が表現する価値秩序が人間の構成物であることを意味する。こうしてホッブズは,伝統的自然法論と一線を画する理論を展開するに至ったのである。
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