本年度は、昨年度の研究成果にもとづいて、アリストテレス哲学を支える基礎的な語彙について、(1)概念の理解に関わる一般的・理論的考察と、(2)具体的な語彙について正確な理解の確認と適切な邦訳の検討、という二つの課題を、(1)については研究代表者の中畑と分担者の内山がそれぞれの考察をおこない、中畑は、心的事象を理解する上で基本的視点となっている「能動的」と「受動的」というカテゴリーを考察した。その考察は、この対比については、デカルトが主張するような物理的事象間の関係を心的事象に対して類比的に比喩として用いたものだという理解が現在でも有力であるが、アリストテレスにおいては「作用する」「作用を受ける」という用語を通じて、むしろ魂のはたらきを理解するための重要な概念として文字通りの意味で理解されていたということを明らかにした。このことは、基本的な語彙の意味理解だけでなくそれを理解するためのより一般的な思考の枠組みも歴史的におおきく変貌していることを意味する。他方で内山は、さらに広い文脈から、古代における哲学的思考の独自性を解明し、こんにちの「哲学」「学問」よりもより柔軟な知であることを指摘した。また(2)については、中畑と内山との共同作業を通じて、アリストテレスの基本的語彙の現在の邦訳がアリストテレスの込めた意味を適切に表していないこと、およびより分かりやすい日本語に改められるべきことを確認し、異なる訳語を考案し検討を試みた。検討された語彙は多いが、その一例を挙げるなら、hyle:「質料」→「素材」、ousia:「実体」→「本質的ありかた」「基本存在」、energeia:「現実態」→「活動状態」「活動実現状態」などである。
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