ハイデガーの存在思惟を「聖なるもの」という視点から捉え返すことによって、「倫理」を再構築する可能性を探ると同時に、倫理の揺らぎのもたらす負の帰結がもっとも顕著に現れている教育における「権威」の可能性を切り拓くという研究課題に精力的に取り組んでいる。研究方法は、3人の研究者を中心としてそれぞれの研究成果を持ち寄って討議するほか、学校現場の教員の授業事例に関する事例研究を行うという手法をとっている。過去3年間の研究の結果、以下の成果をあげつつある。 (1) 「公共性」概念および「自律」概念の再構築の必要性 ハイデガーによる各私性という視点からの平均的日常性批判を、ヘルダーリンとの創造的対話という通路を通して捉え返す研究を進めている。また、芸術と倫理との密接な関連性、「性の事実性」に関する歴史的考察も行っている。これらの研究によって、総駆り立て体制という同質化の圧力によって能動的関与が強要される〈共同社会community〉に対して、個人の自律性を基盤としながら相互に支え合う〈協働社会association〉を構想していく必要性、そして、「各私性」という位相の積極的可能性が明らかになりつつある。 (2) 協働的な学習を切り開く原理としての「聖なるもの」の解明 受験・選別という受動的能動を強いられる状況のなかで、学習者が、他者との協働関係を可能にする「溜め」や「有能感」を習得するのはきわめて困難なことである。このような状況を打破する上で、それぞれの学習者を根本において突き動かしているものが、単に利己的なものではなく、自他にとってよりよき状態を切り開きたいという願望、つまり「聖なるもの」への感応力が有効であることが明らかになりつつある。この研究は、市民意識の育成という課題にも応えるものとなりつつある。
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