本研究は、ハイデガーの存在思惟を「聖なるもの」という視点から捉え返すことによって、「倫理」を再構築する可能性を探ると同時に、倫理の揺らぎのもたらす負の帰結がもっとも顕著に現れている教育における「権威」の可能性を切り拓くことを目指している。最終年度にあたる本年度は、研究課題に精力的に取り組み、以下の成果を得ることができた。 (1)日常的空間の多相性への問いとしての倫理的問いの再構成 アジアにおける文化の多様性・重層性という視点も加味しつつ、倫理と芸術との密接な連続性を日常的生活空間の歴史的蓄積という視点から再把握、再構成することによって、倫理的問いを生活形式への問いとして再構成する必要性を明らかにした。 (2)初期ハイデガーと聖なる次元との関係性 20世紀初頭のプロテスタント神学の中での論争という文脈の中で中世の神秘主義を読み直すことが、ハイデガーにおける現象学受容にとって大きな背景となっていること、また、このような問題意識が、ハイデガー以降の現象学においても「神学的転回」をめぐる論争という仕方で反復されていることを明らかにした。そして、この問題が「聖なるもの」の位置づけの変容(現代における霊性の問題)と直結することを明らかにした。 (3)協働的な学習を切り開く原理としての「聖なるもの」の解明 受験・選別という受動的能動を強いられる状況のなかで、学習者が他者との協働関係を可能にする「溜め」や「有能感」を習得するのはきわめて困難なことである。このような状況を打破する上で、それぞれの学習者を根本において突き動かしているものが、単に利己的なものではなく、自他にとってよりよき状態を切り開きたいという願望、つまり「聖なるもの」への感応力が有効であることが明らかになった。 以上の研究成果は、この研究が市民意識の育成という課題にも応えるものであることを示している。
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