現象学的哲学の方法を用いて、「世代間コミュニケーション」のあり方を解明する手がかりとして「集合的記憶」について研究するためには、まず個別の自我における記憶論について十分な研究を行うことが不可欠である。平成19年度は、研究代表者による従来の研究成果を踏まえ、ミシェル・アンリの現象学における記憶論を中心にして、個別の自我における記憶について研究を進めた。その結果、アンリの現象学に基づけば、人間の身体は力能であるとともに、「直接的知」であり、この身体の知こそが記憶であることが明らかになった。そして、「私の身体の存在そのもの」である習慣が記憶の根拠であり、私たちの身体はすべての習慣の総体であり、私たちの身体の根源的な記憶こそが習慣である。さらに、記憶の原理は、<原・身体>(Archi-Corps)であり、表象的記憶も<原-身体>に基づくものであることが明らかになった。より詳しく述べれば、<原-身体>の自己自身への直接的到来、その直接的覚知としての<原-開示>(Archi-Revelation)こそが、再認と記憶の可能性の原理なのである。こうした研究成果により、今後、次の研究段階として、個別の自我における記憶と情感性との関係を解明し、「集合的記憶」の分析を開始するために不可欠な理論的基盤が獲得されたのである さらに、記憶論に関する西洋哲学の他分野および心理学・社会学等の隣接領域の文献収集・精査の結果、本研究開始時の見通しと異なり、「集合的記憶」と「世代間コミュニケーション」に関する哲学的理論の構築には、ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論』における「記憶」、「集団の夢」、「目覚め」、「世代」、「ファンタスマゴリア」などの概念について探究することが不可欠であるとの研究方法上の新たな見通しを得ることができた。
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