前年度の研究成果を踏まえ、M.アンリの現象学における記憶論を中心に、「集合的記憶」に関する研究を開始した。この研究の問いは、「集合的記憶が可能となる超越論的な根拠は何か」である。これに対して、以下の4点が明らかになった。(1)情感性は、直接的パトスとして身体の身体性である。(2)記憶の根拠は、「私の身体の存在そのもの」である習慣であり、身体の身体性である。(3)超越論的情感性である生は、個々の自己の<基底>であると同時に他者の生の<基底>でもあり、共同体の<基底>でもある。(4)記憶の根拠は身体の身体性でもある超越論的情感性であり、個体化された自我は<基底>である超越論的情感性から発生する。これが、個別の自我を超えて共有される集合的記憶が可能となる超越論的根拠である。 また、これと並行してW.ベンヤミン『パサージュ論』における記憶論に関する研究を開始した。この研究の問いは、「遊歩者は集団の夢からどのようにして目覚めるのか」である。遊歩者とは「19世紀の首都・パリ」で目的をもたずに街路を彷徨う人物像であり、「観察する人」「陶酔する人」である。「集団の夢」とは進歩を信じてやまない19世紀という時代の集合的意識が見る夢である。群衆はこれから目覚めることはないが、遊歩者には「弁証法的形象」を構成しうる商品を通路とし、「認識が可能となる今」である覚醒の瞬間が到来しうる。この覚醒は「想起のコペルニクス的転回」と呼ばれ、「歴史的唯物論」による歴史を構成する「歴史学の新たな弁証法的方法」となる想起でもあり、遊歩者は「歴史の主体」になりうる存在者でもある。 以上により、「世代間コミュニケーション」の解明に不可欠な2つの理論的基礎を獲得できた。
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