本研究課題の最終年度においては、ルサンチマン概念の確定に関連して「ニーチェと形而上学」の論攷を著した。ルサンチマン概念の主要な思想家であるフリードリッヒ・ニーチェのルサンチマン概念を、広範な哲学者・思想家群において位置づけるだけでなく、歴史的文脈にも目を向け、ルサンチマン概念のさらなる理解を深めた。朝鮮半島におけるルサンチマン概念の受容と変容に関しては、前年度に引き続き朝鮮半島における儒教思想とルサンチマン思想との結びつきに着目し、「朝鮮半島における儒教受容-高麗時代末から朋党党争まで-」を著した。そこでは、新儒教としての朱子学の朝鮮半島における受容が開始される高麗時代末期から、儒教が国教となる朝鮮王朝での勲旧派と士林派による朋党党争の時代までの儒教受容について論及した。東アジア各地域の思想・文化におけるルサンチマン研究の最終年度重点対象地域とした中国文化圏に関するルサンチマン概念の研究に関しては、中国における「報怨以徳の思想」を手がかりとした。古くは『老子』第六十三章にある「怨みに報ゆるに徳をもってす」から、怨みに怨みをもってのぞむならば生じるであろう怨みの連鎖を断ち切った言葉といわれる、蒋介石による1945年8月15日の布告までを俯瞰した。その間、「報怨」をめぐる老荘思想と儒教との考え方の相違を明らかにした。老荘思想からは『老子』第六十三章を取りあげ、儒教思想からは『論語下』「憲問第十四」や『礼記』「表記第三十二」を取りあげ、比較検討した。また、こうした古来よりの中国思想の蒋介石への影響を考究した。さらに、国民党ばかりでなく共産党の有為な人材をも輩出した、蒋介石が初代校長として就任した広州にある黄埔軍官学校の地を訪れ、蒋介石に関しての資料収集を行い「蒋介石における報恩以徳の思想について」を著した。
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