本年度は大乗戒研究の初年度にあたり、基礎的な情報データーの形成に努めた。大乗戒運動という場合、その性格上、文献資料としての発掘発見にかなりの困難を伴うことが実感された。その中で新たな研究動向の報告として、二〇〇八年三月七日(金)、東京学術総合センター(千代田区虎ノ門)で開催された、京都大学人文科学研究ところ主催「東京漢籍セミナー」を聴講することができたんは意義があった。その報告を概観すると、斎藤智寛氏「大乗菩薩戒の道『梵網経』と東アジア仏教」と題する発表では、敦煌本『六祖壇経』に記録される慧能の特殊な大乗戒の記録である「心地無相戒」のいくつかの特徴について研究の現階段が報告された。また麦谷邦夫氏「玄宗と三教『孝径』『道徳真径』『金剛般若径』注の撰述をめぐって」と題する発表では、玄宗皇帝の宗教政策が三教融合の流れを作った可能性について述べられた。禅宗の登場を中国中世の終焉期と規定し、禅宗は中国中世仏教の積極的な革新、克服運動として理解するという仮説の上で、両発表は大変示唆に富んだ有益な研究発表であった。また定例研究会では研究参加者の分担研究を仰ぎ、『南陽和上定是非論』の注釈研究を継続中である。同書にも初期禅宗の中心人物である神會の特徴的な大乗戒に対する理解が伺われて興味深い。同書は、神會と思想的な関連が深い敦煌本『六祖壇経』との内容的な関連の研究が今後重要な課題となるだろう。大乗戒には初期禅宗運動の性格として中国中世仏教からの脱却という思想的課題があったと推理できるからである。また基礎的な研究論文として「全一無常の縁起」を発表した。次いでまた二〇〇七年八月には大韓民国ソウルの東国大学校仏教大学を訪問し、研究者と交流することができた。同校の古文献資料なども参観し、高麗版の大蔵径を調査できた。新発見ではなかったが従来の知見を確認できた。最初の形態として書誌学的に意味のある知見を得た。
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