研究最終年度に当たる本年は、文献の注釈的研究として荷沢神会の『南宗定是非論』の最終原稿をまとめることができた。禅宗における戒、特に大乗戒の理解について一つの実証的な解明を可能にする基本作業となるだろう。しかし成稿の入力はまだ半分ほどに留まっている。また本年三月に中国泉州一帯の仏教寺院を調査することができた。泉州は中国禅宗の一大拠点といえ、すでに唐代には多くの禅僧が輩出した地域である。中でも今回訪れた泉州開元寺、清玄寺、招慶寺、崇福寺などは、地理誌や語録にも登場する古刹である。故地の伝承なども聞くに及んで文献の文言が現地調査と連結する点が多々あった。今回同地で多くの新しい文献資料も入手できたが現段階では分析の成果をまとめるまでには至っていない。 発表論文としては、日本鎌倉時代の道元禅師の思考を分析した「道元の身体と言語」(禅文化研究所紀要)、朝鮮寺代の仏教を概観した「朝鮮仏教」『アジア仏教史・朝鮮』(佼成出版社)を担当執筆したが、本研究課題からは傍系の論文に留まるといわねばならない。この間にも千田たくま(「戒概念の変化から考察した初期禅宗の頓悟思想『禅学研究』85)、伊吹敦(「戒律から清規へ」『日本仏教学会年報』74)等の論文が発表されたが、そこには本研究の主題と通底する所見が多々見受けられ、課題の妥当性の意を強くした。諸氏の新知見を摂取するには至らなかったが、あらためて『南宗定是非論』の重要性とともに、神会とその周辺の文献研究の一層の必要性を痛感した。
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