平成19年度は、若き目の柳詒徴が、どのような思想環境のもとにその思想を育んだのかという点について考察することを目標とし、まずはその師、繆茎孫との関係に着目して研究を行うこととした。繆茎孫との関わりという点で、特筆すべきことは、柳詒徴が繆茎孫を団長とする江南高等学堂の日本学校考察に参加したことである。筆者は、その報告書「日遊彙編」を精読することによって、柳詒徴の日本体験について考察を加えている。これについては、現在も継続研究中であり、平成19年度の成果として公表できるまでには至らなかった。 平成19年度の直接経費は、主に図書購入費と海外旅費に用いた。図書購入費では、清末中国教育史・思想史関係の書籍を多数購入した。その中でも嘉納治五郎関連の著作を購入できたことは、研究を大きく発展させた。前述の「日遊彙編」は、日本師範教育の考察に重点を絞ったものであり、その中には、高等師範学校長嘉納治五郎の講話が収録されている。柳詒徴は日本において嘉納の師範教育に関する講義を聴き、大きな刺激を受けたのではないかと想像される。嘉納の清末中国教育界への影響については、すでに多くの識者の指摘するところであるが、「日遊彙編」の内容に対する踏み込んだ考察は、管見の限り見あたらないので、これ自体、研究の意義を有すると思われる。海外旅費は、上海図書館の近代思想文献調査に使用し、東南大学関連資料のみならず、東遊日記もいくつか閲覧した。また、所属機関から配分された旅費を使用して、東京都立図書館実藤文庫所蔵の東遊日記も閲覧した。これによって、東遊日記および関連文献を多く実見することができ、清末日中教育交流の状況を理解し、その中における「日遊彙編」の位置についても了解できた。これについては、先般新居浜市が主催する生涯学習講座の中で講演を行い、その成果を市民に公開した。
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