本年度は、まずチベットにおいて大中観思想を確立したトルプパ・シェーラプ・ゲルツェンのテキストのうち、マイトレーヤの『宝性論』に対する注釈書を取り上げ、彼が大中観説を確立する思想的背景を解明した。前年度の調査により、大中観思想は中観と唯識を融合する思想であることが明らかとなった。その思想的基盤となったのが、「弥勒の五法」と呼ばれるテキストであり、中でも『宝性論』はその如来蔵思想が果たした役割を含めて、彼の思想形成には重要な文献である。この調査により、彼の注釈スタイルが明らかとなり、テキスト全体の構成をどのように理解していたのか、また根本偈のそれぞれをどのように読んでいたのかが解明された。 続いて、トルプパの著作集に収録されている『肉と酒を禁止する聖典に導く』という文献を取り上げ、彼が仏教における肉食と飲酒に関する問題について、どのように考えていたのかを解明した。この調査により、彼がこれらの聖典を声聞乗、菩薩乗、真言乗に分類して引用し、それぞれにおいて禁止のレベルに差異が設けられていることが明らかになった。またタントラ文献には、肉食と飲酒を肯定している文献があることも認識しており、これに関しては瑜伽行者に限定され、了義として許容されるものと解釈していることが明らかになった。
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