本年度は、前年度に引き続きチョナン派の学者であるターラナータ・クンガニンポ(1575-1640)の著作における大中観・他空説について調査を行った。テキストとして、彼の『最乗詳説大中観論(Theg mchog shin tu rgyas pa'i dbu ma chen po)』とその弟子のイェーシェ・ギャムツォによる註釈書を取り上げ、前年度未読の第3章以降の和訳解読を完了し、その成果の一部として『最乗詳説大中観論』とその注釈書の和訳を刊行する予定である。その各章のタイトル、第3章「如来蔵・法界」、第4章「八識」、第5章「五法・三性・縁起」、第6章「二無我」、第7章「二諦」、第8章「道果」からもわかるように、そこで論じられている内容は、前半では唯識思想を唯識・中観文献により解説し、後半はその両者の文献により中観思想を解説するものである。この解読から、ターラナータの意図した大中観思想が唯識思想や如来蔵思想を中観思想に融合したものであることが解明された。またこれらの態度は、前年度以前に調査を行った同じチョナン派の学者トルプパと同じものである。これらの研究成果により、チョナン派の大中観思想の解釈の系譜を確立する資料を提示することができた。また以上の研究成果から、チベット仏教における中観思想の受容について、ゲルク派やサキャ派によるものだけでなく、チョナン派による大中観思想の内容が明らかになった。今後、チベットにおける中観思想の受容の多様性が解明されるとともに、チベット仏教思想の独自性を解明することにも発展していくであろう。
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